(毎日新聞)
柔道の大技の一つである内股…一方の足を相手の内股に掛け、大きく払い上げて投げる技である。この内股を得意技とし、2000年のシドニー五輪にて見事柔道男子100キロ級の金メダリストとなった井上康生選手(29)。急逝した亡母の遺影と共に表彰台に上がった姿は、日本中に感動をもたらした。
しかしその後は、アテネ五輪で無念の無冠(メダル無し)に終わったり、怪我に泣かされるなど苦難の時代が続いた。今年に入って生涯の伴侶も得、捲土重来を期して北京五輪への出場を目指していたが、最終選考会で敗退。五輪出場が絶望的となって去就が注目されていたが、本人が出した結論は現役引退であった。
引退会見の席上、井上氏は
「我が生涯に一片の悔いなし!! 」
(byラオウ:北斗の拳 より)

北斗の拳1/6胸像 世紀末覇者ラオウ
…じゃなかった(笑)、「柔道人生に悔いはない」と語った。
北京五輪への切符を手に入れられなかったことは、客観的に見れば悔いが残る事柄のはずである。だが井上氏は「柔道人生に悔いはない」という。自分のごとき凡百の徒が井上氏の心中を推し量るなどおこがましいのだが、己が全力を出し切った上での結果であるが故に、その事実も受け入れられるということだろうか。なんとも心地よい決断である。
その潔さは「勝負の世界では、勝たなければならないので、勝ちに行く柔道を目指したり、迷ったときもあったが、最終的に僕自身、柔道は攻めて一本を取るものなんだと気づいて、その柔道を最後まで貫けた。29日の大会でも、最後まで貫き通したのがよかった」と井上氏自身がコメントしているように、有効・効果を稼いて優勢勝ちを目指す柔道スタイルへの転向を良しとせず、あくまで一本勝ちにこだわった氏の柔道にかける姿勢そのものの体現といえるかもしれない。
さて井上氏は、引退後は後進の指導にあたるべく、コーチ業を学びに英国へと留学する予定だという。近年の日本スポーツ界には、現役選手のころから、引退後にTVタレントとして活動することしか念頭にないような人たちも多い。それも選択の一つではあるが、しかし井上氏は、かの大選手にして名指導者の誉れ高いロサンゼルス五輪金メダリスト、恩師山下泰博氏と同じ道を歩むことに決めた。
無論、次の目標は第二、第三の井上康生を世に送り出すこと。井上氏なら、きっと成し遂げるに違いない。まずは留学を終え、名コーチ・井上康生として日本に帰ってくる日を期待したい。
◆最後までお読み頂きありがとうございました。

…私的に引用するなら、
「一瞬の今を千秒にも生きて、このうれしさを胸に刻もう。」(マルシャーク作、『森は生きている』戯曲版より)
でしょうか?
理想どおりの人間になるのは難しいけれども、理想の人間になろうを日々努力する姿勢は重要だと思います。願わくは井上氏のような生き方をしたいものです。