夏の新習慣に「お盆玉」を 雑貨店など専用ポチ袋販売
(朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASG7G446ZG7GULFA00G.html
「お盆に帰省した子どもや孫にお小遣いをあげる「お盆玉」が広がっている」……と記事は伝えているのだが、寡聞にも私は「お盆玉」などという単語を目にしたのは初めてだったからだ。
正月に新年のお祝いとして金品(特に子どもに金銭)を与える習慣および与えられる金品そのものを意味する「お年玉」や、
「だ…大地よ、海よ、そして生きているすべてのみんな………このオラにほんのちょっとずつだけ元気をわけてくれ…!!!」
(by.孫悟空:ドラゴンボール より)

ギガンティックシリーズ 孫悟空 (PVC製塗装済み完成品)
自然や生物の持つエネルギーを集めて光球弾とする「元気玉」は知っているが……と思ったら、ポチ袋などを製造している某会社の登録商標なのだとか。
私よりも遥かに高学歴の上に執筆のプロである朝日新聞記者の方が書いた記事に異議を申し立てるのも気が引けるのだが、「お盆に帰省した子どもや孫にお小遣いをあげる」習慣(慣例?)は何も今に始まったことではなく、私が幼少のころから普通に存在していた。
また「江戸時代に東北で奉公人に衣類や下駄を渡した~」云々だが、藪入り(正月と盆の16日前後に奉公人が主人から休暇をもらって親もとなどに帰ること)に際して主人が奉公人に着物や小遣いを渡すのは、東北地方に限ったことではない普遍的な風習として存在していた。だからこそ、親元へ帰ってきた子どもが持っていた大金について「奉公先から渡された小遣いにしては高額すぎる」として両親が訝しむ……という内容の古典落語『藪入り』が成り立つのだ。
閑話休題、普通に「おこづかい」と書くより季節感が出て売り上げ上がると思って「お盆玉」という言葉を作り、権威付けのために「江戸時代に東北で奉公人に衣類や下駄を渡した~」なんて逸話を持って、これから流行らせようと計画しているのかもしれない。
しかし、帰省いた子や孫にお小遣いを渡すのは、親や祖父母の愛情の発露であって、習慣だから義務感で行っているのではない(はず)。その辺りを取り違えるのはいかがなものかと思う。
◆最後までお読み頂きありがとうございました。
