2007年03月23日

買春僧侶を反面教師とし、明鏡止水の境地へ

「医者と坊主にはスケベが多い」という戯言がある。どちらの職業も人から一目置かれる故に表面を取り繕わなくてはならず、ストレスが溜まりやすいからだ…というのが定説である。その真偽はさておき、一般的な他の職業の人よりも、SUKEBE絡みの事件を起こすと目だってしまうのは間違いないだろう。

「欲望に負け…」修行中の僧侶、女子高生を買春
読売新聞

ある若い僧侶が、二年前に都内の寺で修行していたおり、携帯電話の出会い系サイトで知り合った女子高生と猥褻な行為に及んだという極めて不謹慎な容疑で逮捕されたとのこと。この坊さんは「仏門の世界にいるものが、欲望に負け、年ゆかぬ子供とわいせつな行為をしてしまい申し訳ない」と反省しているとのこと。

山中の賊を征するは易く、心中の賊を征するは難し」…儒教の一派、陽明学の祖、王陽明(おう ようめい)の言葉である。彼は人が我欲を無くせば己の中に眠っている聖人が引き出されると主張した。しかし、その教えを浅く受け取った弟子が座禅や瞑想を始めると「本当の修行はそんなものではない!」と一喝したという。様々な欲望に満ち溢れたこの世の中で、日々の生活や仕事をしながら我欲を無くし、聖人に至る修行をしなければ意味が無いと説いたのだ。まぁ言われてみれば、いくらお寺に篭って座禅や瞑想に励んだとしても、携帯電話の出会い系サイトで見た「五(万円)以上出せる人募集。高○生」という誘惑に勝てないなら、意味ないわな(苦笑)

ところで陽明学の教えでは、本来の人間が持っている心の状態は“鏡面のような心”だという。ただ我欲によって雲っているだけ。だから人は誰でも聖人になる可能性を秘めているといい「満街の人みな是れ聖人」(街中の人すべてが聖人)とも言われる。

「蟠(わだかま)りや疚(やま)しさのない澄んだ心。それが明鏡止水。それが人に己を超えた力を持たせることができる」
(byシュバルツ・ブルーダー:機動武闘伝Gガンダムより)

との言葉もあるように、誰しも鏡面のような心を取り戻せば驚くべき能力が開花するはずだ。この事件の坊さんを反面教師として、自分も日々の生活での修行――陽明学では事上磨錬(じじょうまれん)という――に勤しみますか…。


かといって、どんなに心が澄み切っても生身でモビルスーツを薙ぎ倒せるようにはなれないだろうが(笑)。


posted by 只今(橘カヲル) at 23:56| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 雑感:事件 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
んー。 難しいことよく分かんないけど、
ストイックに生きるって 大変なんだよ。
イロイロとね(笑)。

 
Posted by ライダー山本 at 2007年03月24日 07:25
>ライダー山本さん
ストイックに生きることは難しく、トコトンまで欲望全開で生きるのも疲れる上に反感を買います。とかくこの世は住みにくいようです(笑)。
Posted by 只今 at 2007年03月24日 19:40
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