文化庁が行った2010年度「国語に関する世論調査」の結果が発表された。これによれば「来れる」「食べれる」などの「ら抜き言葉」や、「寒っ」「すごっ」「短っ」のように形容詞の語幹を使うような、本来の文法上では誤りとされる言葉が使われても気にならないとする人の割合が増えているそうだ。
また言葉の意味を尋ねる質問では、「姑息」を本来の意味である「一時しのぎ」と答えたのは僅か15%に過ぎず、大半の人は「卑怯な」という意味で用いているといった結果が出たとのこと。文化庁では「言葉が変化していると感じる人も増えている」と分析しているという。
フィクションの世界では、
「フン、姑息な野郎だぜ。人の後ろばっかチョロチョロ付いてきやがって!」
(by.イサム・ダイソン:マクロスプラス より)

1/48 MC01 YF-19 マクロスプラス
といったように「姑息」を「卑怯な」というニュアンスで使用するケースを日常的に目にするので、このたび本来の意味を知って驚いた方も多いのではないか。恥ずかしながら私もその一人だ。
思うに、問題を正面から根本的に解決しようとせずに「姑息(一時しのぎ)な手段を使うような野郎は卑怯者だ」といったような意味が短縮された結果ではないだろうか。
また、どことなく憎らしく腹立たしい様を意味する「小癪(こしゃく)」と音が近いため「小癪な野郎」や「小癪な奴」と意味が混同されてしまい「姑息な野郎」とか「姑息な奴」といった表現ができたのかもしれない。
しかし「姑息=卑怯」が完璧な誤用かと言われればさにあらず、言葉が持つ意味は年月の経過により変化するものなので一概にはいえないのだ。例えば感謝の意を持つ「有り難い」は、「有ることが難しい」という語源から、その昔は「滅多に無い」とか「珍しい」という意味だった。そこから「滅多に無いほど素晴らしいことに出会えて感謝する」という意味が生まれ、現在に至っている。将来的に誤用ではなくなるかもしれない。
◆最後までお読み頂きありがとうございました。

「寒っ」8割超が許容=若者中心に広がる―「誤りと言えず」・文化庁調査
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110915-00000081-jij-soci