山口・光の母子殺害:差し戻し控訴審 元少年に死刑判決 広島高裁「新供述は不自然」
(毎日新聞)
1999年4月、山口県光市で当時18歳だった男が強姦目的で主婦(当時23歳)に襲いかかり、抵抗されたため絞殺。またその女性の子供であった乳児をも殺害したという、極めてむごたらしい事件が起こった。通称を光市母子殺害事件という。加害者が当時18歳であったことからその後も裁判の経緯などがたびたび報道されたので、気にかけていた方も多いことだろう。詳しい経緯などを書いていると、それだけで本が一冊書けてしまうような事件なので、詳細は下のリンクを参照していただきたい。
【参考】
光市母子殺害事件
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
2006年6月、最高裁は広島高裁が認めた情状酌量理由を「死刑を回避するには不十分」として1、2審で下された無期懲役の判決を破棄し、広島高裁に差し戻していた。この差し戻し控訴審判決公判が本日行われ、無期懲役(求刑・死刑)とした1審・山口地裁判決を破棄、被告に死刑を言い渡した。
事件発生から実に9年の月日が流れ、初めて原告側の求刑通りの判決が下ったことになる。弁護側は判決を不服として即日上告したが、なにしろ最高裁が「死刑を回避するには不十分」として差し戻している判例である。棄却される可能性は非常に高いといえるだろう。
さて、今回死刑判決が言い渡されるにいたったのは、もちろん被害者の夫であり父である本村氏の、様々な批判に耐えての想像を絶する努力が第一の要因として挙げられるのは言うまでも無い。それに加え、自分が思うには、被告側の自爆行為が大きなウエイトを占めていると思う。
まず被告である元少年が獄中から友人におくった手紙、いわゆる獄中書簡のおぞましいまでの内容が白日の下に晒されたことが大きい。人間とは、ある事柄を一旦知ってしまったら知る前には戻れない生き物だから、インプットされた情報を加味して物事を判断することを責めるのは難しいからだ。
ちなみに、方々のメディアで紹介されているのでご存知の方も多いと思うが、その主なものを改めてその内容を以下に記す(以下緑字部分)。
「選ばれし人間は人類のため社会道徳を踏み外し、悪さをする権利がある」
「ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし」
「知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君」
「オイラは、一人の弁ちゃんで、最後まで罪が重くて「死」が近くても「信じる」心をもって、行く。そして、勝って修行、出て頭を下げる。そして晴れて「人間」さ。オレの野望は小説家。へへ」
「犬がある日かわいい犬と出合った。・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか」
「五年+仮で8年は行くよ。どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、速く出たくもない。キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも」
…まぁ、これを読んでどのように感じるかは人それぞれだとは思う。だが
「こいつはくせえッー!ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーーーーッ!! こんな悪には出会ったことがねえほどになァーーーーッ 環境で悪人になっただと?ちがうね!!こいつは生まれついての悪だッ!」
(byロバート・E・O・スピードワゴン:ジョジョの奇妙な冒険第一部 より)

ジョジョの奇妙な冒険 (2) (ジャンプ・コミックス)
と感じた人が非常に多かったからこそ、世論の多くは本村氏に味方したのだろう。
被告側のもう一つの自爆要因は、2007年5月、広島高裁での差し戻し控訴審が始まった時に(頼まれもしないのに)被告に付いた総勢20人近い大弁護団による、常軌を逸した弁護の仕方である。主なものを記すと以下の通り(以下緑字部分)。
「遺体を強姦したのは、生き返らせるための魔術的儀式」
「強姦目的じゃなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた」
「(乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ」
…まぁ判決文で「虚偽の弁解を弄したことは改善更生の可能性を大きく減殺した」と批判されるのもやむをえないところだろう。なにしろ遺族に「怒りを通り越して失笑した」とまで言わしめた荒唐無稽の主張である。弁護団には死刑廃止という自らの政治的主張をアピールしたい目的があると言われているが、この弁護団の奇妙奇天烈な行動が世論の、そして司法関係者の反感を買ってしまったことが今回の死刑判決の呼び水になったという主張は、当たらずとも遠からずではないか。
もしかしたら、こうした被告側の自爆行為がなければ死刑判決までは至らなかったかもしれない。逆にいえば被告側がこうした行為に及んでしまったのは「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉が真実であることの証明かもしれない。
いずれにしても、どのような判決が出るにせよ亡くなられた母子は戻ってこないし、残された本村氏の悲しみは永遠に晴れることはないのが辛いところだ…。
◆最後までお読み頂きありがとうございました。
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弁護団、被告の姑息な荒唐無稽の展開もすべて裏目にでた完敗でしょう。
弁護団は、責任を最高裁の「縛り」や社会の厳罰傾向やメディアの偏向などに転化していましたが、社会を納得させられない弁護を恥じるべき。
http://shadow99.blog116.fc2.com/blog-entry-587.html
この判決以外納得できないので、それは良かったんですけど、こうなるまでほんと長かったですね。
う〜ん、まさにその通りかもしれないです。良からぬことを考え、奇をてらったとしても、天は見ているのですよ。。
「死刑を回避するには不十分」として差し戻し…なんて、事実上の死刑判決ではないですか、最高裁の。もう1度やったところで、無理でしょうね。
あの弁護団は、なんとしても死刑は回避したいとして、これまでとはまったく毛並みの違った弁護で挑んだのでしょうが、まったく裏目に出ましたね。或る意味死刑判決をアシストしてしまいました。
>綾花
普通の感性を持つ人間であれば、怒りを覚えるのは当然でしょう。最強のオウンゴールです。
>valvaneさん
仰るとおり、上告しても差し戻される可能性が高いでしょう。弁護団の行動も、時間稼ぎでしかないと思われます。