だが盛者必衰の摂理は新幹線0系電車にとっても例外ではない。時代が昭和から平成へと移って20年の歳月が流れた今年、ついにこの日がやってきた。

産経新聞より
初代新幹線「0系」が引退 名残り惜しむ大勢のファン
(産経新聞)
より高性能な新型車量の登場と車体の老朽化により引退が決定している新幹線0系電車の定期運行最終列車となる博多行き『こだま659号』が、30日午後2時51分に始発の岡山駅を出発。定刻通り同6時21分に終点の博多駅に到着し、44年間の営業運転を終了した。その雄姿を一目見ようと、ホームには多くの人々が押し寄せたそうだ。
この後、“引退興行”として12月6、13、14日に臨時列車が計6本運転――全席指定だが乗車券は発売開始後、僅か数秒(!)で完売している――されると、新幹線0系電車は完全に
「……任務、完了…!」
(byヒイロ・ユイ:新機動戦記ガンダムW より)

EXTENDED MS IN ACTION!! ウイングガンダムゼロ (エンドレスワルツバージョン)
となり、その後は全車両が廃車処分にとなるとのことだ。
これだけの名車が全車両廃車処分というのも少し寂しい気がするが、バブル全盛期のころならともかく、現在の経済状況では保存に名乗りをあげる団体や施設、あるいは個人もそうはおるまい。また車体の保存には相応に維持費も掛かるから、勢いだけで引き取って後になって持て余し、結局破棄してしまったというような展開にでもなろうものなら、それは新幹線0系電車に対する冒涜というものである。
ところで、古代中国は五代十国時代・後梁の武将である王彦章(863〜923) は「豹死留皮、人死留名」(豹は死して皮を留め、人は死して名を留む)という言葉を残した。この言葉はマイナーチェンジして「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」という慣用句となり、現在でも辞書に載っている。
たとえ新幹線0系電車の車両そのものが廃車処分になったとしても、開発時や営業運転時などに採集・蓄積されていったデータは後継機の開発に生かされていくことだろう。「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」のなら、機械は死してデータを残す。新幹線0系電車の魂は、後継機の中で生き続けるのだ…。
◆最後までお読み頂きありがとうございました。
初代新幹線「0系」、最後のおつとめ…44年の歴史に幕
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081130-00000017-yom-soci

















初めて乗ったのは小学校4年生で、東京から三島まででしたが当時の食堂車にいって扇型のアナログスピードメータが時速210キロメートルを指したときは大変感動したことを覚えています。今はデジタル表示でしかも掲示板にながれて味気ないですね〜
現在の新幹線は食堂車そのものが無くなってしまいました。旅行情緒が無くなるのは寂しいことです。